「恋も酒も神さまの仕業で生まれるもの」
内田:
この秋、公開予定の次回作『恋のしずく』では、おいしい水ならぬ、おいしいお酒がテーマですね。どうして「日本酒」の映画を撮ろうと思ったんですか?
瀬木:
和をもっと究めたい、という気持ちがありまして。ラーメンや空揚げの映画を撮りましたが、どちらの料理もオーソドックスな和食の発想に近い、と気づいたんですよ。つまり、素材そのものの「旨味」を、いかに引き出すかということに重点を置いた、日本料理のスタンスと根底は同じなんです。
空揚げの場合だったら、ブロイラーの肉を漬けるタレがポイントになるわけですが、それだけに、タレの材料や配合は秘伝で、どうやっても教えてくれないんですよね。麹だったり、すりおろしリンゴだったり、魚醤だったりを入れて、いろいろと工夫をして各店、タレを開発していらっしゃる。だけど、そのタレはなんのためにあるかといえば、味つけをするためというよりも、鶏自身の持つ旨味を際立たせるため。スパイスなどで味をつけて揚げる、西洋のフライドチキンとは、まったく別のものです。
内田:
食材そのものを活かす、和食の発想が「日本酒」にも共通しているということですか? 酒は原材料である「水」と「米」の個性を、そのまんま引き出すことで、名酒になる、と。
瀬木:
そうです! 映画の台詞にも書いたんですが「酒はつくるものじゃなくて、生まれるもの」 。いい水といい米があって、温度や湿度といった環境を適切にコントロールしてあげれば、おのずと酒は生まれてくるんです。微生物の存在なんて分からなかった『古事記』の時代から、それは命を育む行為のように、神秘的で不思議なものでもあったはずです。
内田:
日本酒は「御神酒」とも呼ばれ、神事とのゆかりも深いですもんね。
瀬木:
神さまと関係の深い、清らかで尊いものであると同時に、嬉しい時も悲しい時も、ふつうの人々の暮らしに寄り添うものでもありますね。どんな場面でも、注ぎ注がれ、日本人のコミュニケーションを促すものです。素晴らしい酒文化ですよね!
内田:
『恋のしずく』というタイトルどおり、日本酒って恋愛とも親和性が高いものなのでしょうか?
瀬木:
米と水が出あい、神さまが降りてきて、お酒が生まれる。男と女が出あい、神さまが降りてきて、恋が生まれる。同じ神さまの仕業じゃないでしょうか?
清酒を醸造する際、発酵のタネとなる酒母(しゅぼ)というものがありますが、酒造りではそれを「もと」とも呼びます。この「もと」という字は、明治初期までは「酉(とりへん)」に「台」の字で書かれていたそうです。つまり胎児の「胎」と部首だけが違った。そんなところからも、いかに日本酒が神によって宿り、生まれるものと、日本人に認識されてきたかが分かります。
内田:
そして、その神さまから授かった命は、水と米に宿るのですね。
瀬木:
そう。やはり「水」なんですよ! 米だって水によって育てられるわけで、稲の妻と書いて、雨を呼ぶ「稲妻(いなづま)」と読みますよね。諸説ありますが、神社の注連縄(しめなわ)も、ねじられている本体の縄は「雲」、ギザギザの紙垂(しで)は「雷」、細く下がっている藁(〆の子)は「雨」を表していると言われています。雨、すなわち「水」は、豊穣、そして命を育む、神の恵みそのものです。
「日頃の引っかかりをポンと吐き出すのが表現」
内田:
監督の作品には水、そして自然への畏敬の念が込められているように感じます。そこが、映画をとおして、監督が一貫して伝えたいテーマのひとつなのでしょうか?
瀬木:
テーマとかメッセージとかが先にあって、映画をつくったことってないんです。作品が出来るたびに「伝えたいことはなんですか?」と聞かれますので、それはそれで答えますけど、本音を言うと、そのために映画をつくっているわけじゃない。
内田:
なにが原動力で映画を撮っていらっしゃるのですか?
瀬木:
普段、見ること、聞くこと、味わうこと、肌で感じたこと、そのなかから自分のアンテナに引っかかったものが、澱のように溜まってきて、最後にそれがナニとは分からないまま、ポンと吐き出すのが表現なんです。結果的に、出来上がった作品には、なにかしらのテーマが必ず入っているわけですけど。
以前、取材をした宮崎駿監督も同じようなことをおっしゃっていました。毎日の見聞から、気になったことをひとつひとつ、古い名刺の裏なんかに書いておいて、ある日、それが溜まったらカードみたいに床に広げてみる。それを繋げていくと物語がおのずと出来ている、というようなお話でしたよ。
内田:
同じように日々を生きていて、そこに気づきや表現が生まれない自分って、なんでなんでしょう(笑)?
瀬木:
日頃から泣いたり、怒ったりして、引っかかることを、少しづつ吐き出してるからじゃないですか?
内田:
監督はまったく怒らないで、怒りをいつも溜めこんでいらっしゃるんですか??
瀬木:
まったく怒りませんね。その分、現場では、別人になるみたいです(笑)。荒れ狂う海と闘う漁師のように、映画をつくる時は激情的にすべてを吐き出しているんでしょうね。
フードジャーナリスト
内田 麻紀(うちだ まき)
青山学院大学卒業後、放送局勤務を経てライターに。
おもに「食」をテーマに『dancyu』『ゲーテ』『週刊文春』などの媒体で活躍。
結婚、出産を経て、現在は『日経アソシエ』『日経トップリーダー』でお取り寄せ、手土産の連載を担当。つねに発泡、軟水、硬水など3~4種類の水を常備し、用途によって使い分けることを楽しみとしている。
映画監督
瀬木 直貴(せぎ なおき)
立命館大学文学部日本史学専攻在学中、京都東映太秦映画村でアルバイトをしたことがきっかけで映画の世界に興味を持つようになった。1987年大学卒業後、映像制作プロダクションに就職。その後映画監督の道を志し退社した。
退社後は市川崑監督作品制作などに参加。演出家、ディレクターとしての修行を重ね、2000年映画制作会社ソウルボートプロダクションを設立し、現在に至る。
※2018年秋、広島地ムービー「恋のしずく」全国公開予定。
「ソウルボート株式会社」公式WebSite